うすさまみょうおう:木造立像
この御像は、幕末の慶應三年(1867年)12月に全国で起こった「ええじゃないか」の民衆騒動のさなかに降ってきたといわれる不思議な霊像です。
当時、大阪今宮(浪速区)海泉寺の住職であった三誉嶺雲上人は、各地で民衆が空から降ってきた神札・仏像をまつって「おかげ踊り」といって踊り狂って振る舞う様子を愚かな騒動とみられていました。するとある日、本堂縁板(本堂のえんがわ)にこのお像が降ってきました。
住職は驚いてこれを秘かに終身念持仏としてお祀りされました。上人のご遷化後、ご縁があって大念寺にもたらされ、この由来の顛末を厨子に記し、大切にお祀りしています。